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2026.09.17

以前、地元新聞新潟日報に「加賀街道」が紹介されていました。
金沢から日本海側を通り、上越市の高田城下へとつながる道が「加賀街道」です。

「街道」は現在ならば「国道」や「県道」に相当します。
通勤や買い物の生活道として、また、物資運搬などの経済道としてその役割はいまも昔も変わりません。
大きな違いといえば、参勤交代の有無くらいでしょうか。

しかし「街道」という言葉が持つ意味や響きは「国道」や「県道」とは別物のようです。
歴史があり、時間が緩やかに積み重なり生活や風土と結びつき、文学的な余韻がある。
ただの移動手段ではなくそこに暮らす人々の息づかいが感じられ、ノスタルジックな雰囲気を内包している。
それが「街道」です。

「街道」は古くから存在し、日本の津々浦々に張り巡らされていました。
その起源や名の由来はまちまちで同じ名称が別の複数の街道名称として用いられる場合もあれば、
逆に、同じ街道に複数の名称が存在する場合もあります。

「加賀街道」もそういったものの一つです。
かつては「北国街道」と呼ばれていましたが、いつの間にか「加賀街道」と呼ばれるようになりました。
その由来は明らかで加賀藩の前田家が参勤交代で江戸を往復する際に使ったことによります。
参勤交代が制度化された1935年から幕末の1862年の227年間。参勤と交代を合わせて190回の往来が行われました。
街道沿いに暮らす人々と前田家の人々との交流が生まれたであろうことは想像に難くありません。
地元住民が自然発生的に親しみを込めて「加賀街道」と呼ぶようになったのが真相かもしれません。

街道をたどり上越に入ってしばらくすると、「くの字」に折れた松が目に入ります。
江戸時代の面影をわずかに残す加賀街道の松並木です。
その他にも街道沿いからは居田神社や五智国分寺、春日山城跡などの歴史史跡へのアクセスも容易です。
一度、訪ねてはいかがでしょうか。

▽所在地
新潟県上越市中郷区~高田地区~春日地区~五智地区

▽アクセス情報
越後トキめき鉄道・妙高はねうまライン「直江津駅」よりバスで15分
北陸自動車道「上越IC」より車で15分

▽観光サイト
https://niigata-kankou.or.jp/spot/8451

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